思い出さない

 本を読んでいてその中の文章に触発されて過去の思い出が蘇ることがよくある。私にはいいことはなかったのかと思いたくなるくらい、嫌な思い出ばかりがずるずるずるずる引き出されて来る。何かで読んだ記憶があるのだが、人は同じ過ちを犯さないために悪い記憶が鮮明に残るのだとか。一種の生存本能らしい。が、そんなことより嫌な思い出が蘇る方が苦しい。一瞬のうちに過去の自分が現れて、寂しかったり悲しかったり悔しかったりの追体験をさせられてしまうのだから。

 母が永観堂に行った時に、何か望みを書いてしまっておくように、と白地のお札をもらってきて渡してくれたので、「思い出さない」と書いてベッドの枕元の引き出しにしまってある。